大嶼山懷古(2022)


《大嶼山懷古》      兆浚


碧空遠海故鹽關 晉宋盧亭未識顔

二帝波濤忠魄在 清風不息大奚山


大奚山,今大嶼也,孤懸南海,煙濤萬里。晉末盧循餘部遁海為生,棲巖穴,漁鹽為業,人謂之「盧亭」,不識冠帶,而海隅之民始有聞焉。慶元間,島民苦鹽禁之苛,舉兵相抗,終遭屠戮,血染碧濤,千古同悲。


宋室南奔,端宗、帝昺嘗駐蹕於梅蔚,行宮遺址,至今猶存;忠臣義士,瘞骨深林,風雨不泯。盧亭無名而長在,二帝有國而遽亡;蠻煙瘴雨之鄉,竟葬中原正朔之魂。


予昔嘗舟過其下,拾碎瓷於沙際,想見行朝遺物;今復登臨,鹽煙散而復聚,漁火滅而復明。宋帝之舟楫已朽,盧亭之鱗甲不存,而清風不動,海色依然,如守孤忠。七百載之下,猶凜凜有生氣焉。


感而賦此,繫以四句,以誌忠魄不隨波去,浩氣長與山存。丙午夏月,兆浚重題。



【訓読】

碧空遠海 故鹽關

晉宋の盧亭 未だ其の顔を知らず

二帝の波濤 忠魄猶在り

清風 息まず 大奚山


大奚山は、今の大嶼にして、南海に孤懸し、煙濤萬里なり。晉末、盧循の餘部、海に遁れ、以て生となし、巖穴に棲み、漁鹽を以て業とす。人、之を「盧亭」と謂ひ、冠帶を識らず。而して海隅の民、始めて之を聞く有り。

慶元間、島民、鹽禁の苛きを苦しみ、兵を舉げて相抗ふ。終に屠戮を受け、血、碧濤を染め、千古の悲しみとす。

宋室、南奔し、端宗・帝昺、嘗て梅蔚に駐蹕す。行宮の遺址、今に至るも猶存す。忠臣義士、深林に骨を瘞り、風雨に泯びず。盧亭は名無くして長に在り、二帝は國有りて遽に亡ぶ。蠻煙瘴雨の鄉、竟に中原正朔の魂を葬る。

予、昔、嘗て舟にて其の下を過ぎ、碎瓷を沙際に拾ひ、行朝の遺物を想見す。今、復た登臨す。鹽煙、散じて復た聚まり、漁火、滅して復た明らかなり。宋帝の舟楫は既に朽ち、盧亭の鱗甲は存せず。而して清風動かず、海色依然たり。孤忠を守るが如し。七百載の下、猶凜凜として生氣有り。

、此四句、以忠魄、波ひてらず、浩氣、長するを。丙午夏月、兆浚、重題



 

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